どれだけ

最近の記事
口腔セネストパチーについて

最近のイラン戦争や、ウクライナ戦争が起こっているのを見て二つの歌が
思い起こされました。

RCサクセッションがボブディランの「風に吹かれて」という歌のカバーの歌詞。

どれだけミサイルが飛んだら 戦争が終わるの?
どれだけニュースを見てたら 平和な日が来るの?
どれだけ強くなれたら 安心できるの?
いつまで傷つけ合ったら 仲良くできるの?
その答えは風のなかさ 風が知ってるだけさ。 (抜粋)

作詞 谷川俊太郎 作曲 武満徹 「死んだ男の残したものは」の一節

死んだ兵士の残したものは 壊れた銃と歪んだ地球
他には何も残せなかった 平和一つ残せなかった

どんなに文明が進化しても、いまだに腕力の強いものがその力でねじ伏せようと
するんですね。
紛争、戦争が早く終わることを願います。

口腔の状態は悪いです。前歯の周りから唾液が最近は唇のまわりにまとわりつく
ような感覚で、唇の違和感が酷いです。
ネットでブログなどを検索すると口腔異常感症、セネストパチー舌痛症で辛い状況の人が散見されますが、情報が少なく定まった治療法が本当に少ないです。
このブログでは僅かしか問い合わせメールはありません。
このブログの立ち上げの目標は同じ病気で辛い思いをしている人が、集まれる
場を作りたいと思っています。是非問い合わせ、コメント頂きたいです。
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最後にボタンを押す項目がありますが、これはジャンクメール対策です。

これから桜の季節です、暖かくなります。皆さんの症状が改善することを願います。

コメント

  1. ネムネム より:

    《引き回されない》
     オーナーさん、ブログを更新してくださり、ありがとうございます。本当に昨今の世界情勢には心を痛めています。
     
     大学病院に通院していて、痛みスケールが7〜6くらいの頃、先生とお話ししている中で「ネムネムさんは、いろいろと先読みしちゃうんだね。」と言われました。全くその通りで、心配性は私の性格そのものだと思った時に、この性格が変わらないとしたら、先生方がいろいろと処方を考えでくださっても、いつまでもこの違和感は治らないのではないかと思いました。
     ちょうどその時読んでいた本の中に「私たちはいつも、運命論に陥る誘惑があります。運命論とは、自分ではどうすることもできない外的環境の犠牲者であると自分を見なし、受け身的に生きる姿勢のことを言います。」とありました。
     私は違和感に支配され、引き回されている自分の姿を俯瞰することができ「もうこのような状態を終わりにする」と強く思いました。そして、たとえ苦痛があったとしても、それを従える、私の主導権の中に置く、と口に出して宣言し、書き、人にも先生にも、書いたものを渡しました。
     その後痛みスケールは徐々に3〜5くらいに緩和されました。私のこの違和感は明らかに心因的なものから始まったので、だったら心のあり方をコントロールすることは、緩和に無意味ではないのではないかと思わされています。もちろんお薬の効果もあったと思います。
     私はこれからも、この口腔違和感に引きずられることを断固拒否し、違和感があるにしても(実際、毎日いつでもあるのですが)、それを私の支配下に置き、私が主体の人生でありたいです。

    • koku-cenest より:

      コメントありがとうございます。
      意味深い内容で、考えさせられます。私はこの病気のきっかけはネムネムさん同様心因的なこと、自分の完璧主義
      (自分でいうのもなんですが)(同じく)心配性から来ていると思っています。私の向き合い方は症状に集中しないことを中心に考えていました。
      しかし、あらためて趣味や楽しみを見つけることは難しいです。いつも症状に振り回されがちです。
      一文をコピーさせて頂きます。

      私は違和感に支配され、引き回されている自分の姿を俯瞰することができ「もうこのような状態を終わりにする」と強く思いました。
      私はこれからも、この口腔違和感に引きずられることを断固拒否し、違和感があるにしても(実際、毎日いつでもあるのですが)、
      それを私の支配下に置き、私が主体の人生でありたいです

      このような向き合い方は肯定的な言葉を自分自身に宣言し、よりよき自分を引き寄せるような
      ポジティブな思考ですね。全文とても大切な視点だと思います。
      私もこのような考えかたを学んで行きたいと思います。

  2. ネムネム より:

    《早朝ウォーキングその1》
     
     私は毎朝6時半くらいから、3.6kmのウォーキングに出かけます。もう4.5年になります。
     玄関を出ると、まず背筋をシャキッと伸ばします。胸を開き顔を上げて、まっすぐ前を見ます。朝の空気を胸いっぱいに吸い込みます。季節の空気感、早朝の静けさ、爽快感に喜びを感じます。今日の体の調子を確かめます。そして口腔違和感が自分の支配下に収まっていること、いや、収めていることを、しっかり確認します。今日、生かされていることの感謝、こうして元気に歩けることの感謝を味わいます。

     私の口腔違和感は一日の中で朝が一番楽です。違和感に引きずられない意識が辛さを楽にしているのか、楽だから引きずられない意識でいられるのか、それとも相乗効果で楽になっているのか、わかりません。こうして一日が始まります。毎日です。

    • koku-cenest より:

      コメントありがとうございます。
      前のコメントにありましたが、自分を俯瞰して
      症状をコントロールするのは自分であり、このような状態を終わらせるとと宣言する。
      そして日々背筋を伸ばしウォーキングに出かける、日々生かされていることに感謝する。
      とても重要な指摘であり、それを実践されていることに感心してしまいます。
      自分もこうあらねばならないのですが、正直自分を俯瞰することが難しく感じてしまいます。
      症状にひっばられ、圧倒されてしまいます。
      そして何か医学的な治療法がないかと考えてしまいます。
      どこかでそれと切り離さないといけないと思ってはいるのですが。

  3. ネムネム より:

    《早朝ウォーキングその2》

     毎朝40〜50分のウォーキングで出会う方々。公園のラジオ体操帰りの皆さん、通勤通学の方々、犬の散歩をされてる方々など、老若男女、国籍問わず誰にでも、笑顔で「おはようございます!」と挨拶します。
     20人は超えているでしょうか。八割くらいの方々が挨拶を返してくださいます。時には短いやりとりやおしゃべりを楽しみます。お名前も知らないけど、笑顔で挨拶をし合う、会話を交わす、そんな時お腹の底から喜びが込み上げてきます。
     これって何なんだろう。朝から「お互いの存在を承認し合えた」そんな何か根源的な嬉しさなのでしょうか。そしてその瞬間はあの違和感は完全にゼロなのです。ゼロだったことを必ず確認します。
     家を出て歩き始める時、確かに違和感はあるのです。でも、今日はどなたと会えるかしら、どんなお話しできるかしらというワクワクの方が上回っているのです。それが楽しくて嬉しくて朝のウォーキングがやめられません。

     家に戻りゆったりとカフェオレを飲みます。するとその後味からゴングが鳴って、一日の口腔違和感との攻防が始まります。